患者さんからよく、「子どもを授からない限り、不妊の苦しみは消えない」と言われます。もしそうならば、不妊の方は一生、喪失感や空虚感にさいなまれながら生きていかなければならないのでしょうか。
子どもを望んでいた人にとって、かなわなかった子どもへの思慕や悲しみが完全に消えることは、残念ながらないかもしれません。でも、悲しみを抱えて生きていくことと、自分の人生を不幸だと呪いながら生きていくことは違います。
結果として授からなくても、不妊治療をがんばっていた時期も人生の一部です。なかったことにはできないのですから、「つらかったことも含めて、自分の人生を肯定する」ことにつながるとよいと思います。自分の「生殖物語」は、あなた自身がどのようにも紡いでいくことができるのです。
私は、子どもは授からなかったけれども、過去の自分も、今の自分も肯定できるようになった不妊体験者の方と、たくさんお会いしてきました。彼女たちに共通するのは、不妊という理解されにくい苦しみを経たことによって、世間では見過ごされがちな差別や偏見に苦しむ人々へのまなざしが、繊細で優しくなっているということでした。
つらい体験を経て成長することを、「外傷後成長(PTG)」と呼びます。不妊を生き抜いたサバイバーとしての強さと優しさを獲得し、自分らしく充実した人生を送っている彼女たちを、私は尊敬しています。
今、不妊の苦しみの渦中にいる人にも、いつかこの体験が生きる時が来ると、信じてほしいと思います。
※本記事は、以前読売新聞に連載したコラム「不妊のこころ」を再編集したものです