不妊を経験しない人が不思議に思うことの一つに、それほど不妊治療がつらいのなら、どうしてやめないのだろうということがあるでしょう。頑張っても授からないならば、あきらめて子どものいない生活を送ることも、養子を迎えることもできるのに、なぜ、お金も時間も費やして苦しい治療を続けるのか、と。
子どもがいなくても幸せな人生が送れる。これは正論ですが、不妊で悩む人には受け入れがたい考えです。これほどまでに子どもを望んでいる私が、あきらめなければならないなんて理不尽だと思うでしょう。治療を続けてさえいれば可能性はある。もしかしたら、次こそは妊娠できるかもしれない、そう考えると、今あきらめてしまうことはできないのです。治療がうまくいかないと、もうやめた方がよいのか、との思いがよぎることもあります。でも、子どもがいなくても前向きな人生が送れるなんて思えない、子どもなしでも大丈夫と気持ちを切り替えられなければ、やめても幸せにはなれないと考えると、やはりやめられません。
ですが、治療をやめる時点で子どもがいない人生を前向きに考えるなんて、できなくて当然ではないでしょうか。子どもがほしい気持ちを残しながらも、治療から離れた日々を送る過程で、「ああ、本当に自分には子どもが持てないのだ」と、少しずつ実感していくものなのでしょう。「持てなかった子ども」の喪失を悲しむプロセスは、治療をやめてから本格化します。カウンセリングが特に役立つのもこのような時だと考えています。
※本記事は、以前読売新聞に連載したコラム「不妊のこころ」を再編集したものです